【Interview】細胞を「育てる」という発想から未来を描く インテグリカルチャー川島が見つめる細胞農業の可能性

事業

インテグリカルチャーの共同創業者であり、CTOを務める川島一公は、幼少期の原体験から細胞培養の本質を見つめ続けてきました。なぜ細胞農業に可能性を感じたのか。開発した培養装置にはどんな思想が込められているのか。川島が描く、細胞農業のその先の世界をひもときます。

インタビュイー/川島一公 Ikko Kawashima
インテグリカルチャー 取締役 CTO。2012年、広島大学にてPh.D (農学)を取得。Baylor College of Medicineフェロー、JSPS (DC1, PD)フェローを経て、インテグリカルチャーを共同創業。2018年4月から取締役兼CTOに就任。日本生殖内分泌学会 学術奨励賞など学会賞を複数受賞。

——川島さんが細胞培養に興味を持った原点は、どこにあるのでしょうか。

川島:細胞性食品に関わる以前から、細胞そのものに惹かれ続けてきました。原点は、幼少期の体験にあります。
幼稚園から小学校に入る頃、家の庭にあった欅の木に「虫こぶ」ができていて、それを割ると中から幼虫が出てきたんです。虫が葉っぱの細胞を刺激してつくったこぶを自分の住処にしている。その様子がすごく印象に残ったんです。
当時は言語化できませんでしたが「細胞にはたくさんの不思議と無限の可能性がある」という感覚が、そのとき芽生えたのだと思います。こういう細胞の働きをコントロールできたら、もっと面白い未来ができるのではないかという思いが、ずっとありました。
もちろん虫こぶと出会ってすぐに研究者を志したわけではありませんが、スティーブ・ジョブズの言う「コネクティング・ザ・ドット(点と点がつながる)」のように、振り返ると今の仕事につながる原体験はあの虫こぶだったのだと思います。

——その関心が、研究の道へとつながっていったのですね。

川島:そうですね。大学で研究に触れるようになり、細胞培養がいかにコストのかかる技術かを知りました。食品や産業への応用は現実的ではない、と言われていた分野です。
ただ、研究室で実験をしていると、先輩が使い終えた培養液や細胞が余ることがあるんですね。それをもらって試行錯誤してみると、高価な成長因子を足さなくても、特定条件下で細胞同士の環境や関係性を整えれば、十分に細胞が増えることがわかったんです。細胞の培養をした上清液を他の細胞にかけたら、増えたり違う細胞に変わったりする。これで十分なのでは、と思ったんですよね。
細胞と細胞ってお互いにコミュニケーションを取っているんです。そのコミュニケーションが取れる環境を装置内で再現できれば、低コストで培養できるのではないか、と思ったのが培養装置の開発につながっていくわけです。

——代表の羽生さんと出会い、起業に至った経緯を教えてください。

川島:細胞の可能性をもっと本格的に研究したいと思ったときに、そうするためには研究者か起業の道があると知ったんです。そこで、大学内で起業家と研究者が集う「Co-Lab(コラボ)」という会を広島で立ち上げていて、東京に移ってからもその活動を続けていました。そこに羽生が来て「細胞性食品をやりたい」という話をされたんです。
僕自身は細胞コントロール技術でアイデアがたくさんあったので「こういうやり方ができるよ」と話したんです。そうしたら「なんでやらないの?」「あるんだったらやろうよ」と喧嘩腰に言われてしまって(笑)。
僕は細胞培養を事業にしてくれる起業家を探していたんですよね。だから、「やったー、見つけた!」という思いでした。

——当初は大学に戻る選択肢も考えていたそうですね。

川島:そうなんです。一緒に起業して会社を手伝っていたんですが、最終的には大学の研究の道に進みたいと思っていました。それを羽生に話したら「いや、ちょっと待て」と。僕自身はリモートでも事業に参加できると思っていたんですが、羽生に「ビジョンを持っている人、その先が見えている人が技術の開発をしないと誰もできない」と言われて。最初はそれでも人に伝えれば実現できるんじゃないかと思っていたんですが、羽生はそこを譲らなかったんですね。
そこで考えたんです。自分の人生があと1年しかないとしたら、どっちの人生が自分のやりたいことを実現できるか。アカデミアに行ってもやりたいことだけをやれるわけではないし、研究費もせいぜい年間100万円ぐらいです。一方で、会社を創業すると使える研究費は10倍、100倍になる可能性がある。1年間の間にどっちが早く進むかというと、会社だなと。それが僕の最後の決め手でした。

——現在はCTOとして、経営にも深く関わっていますね。

川島:結局、羽生が言っていたことは正しかったんです。
既存技術の組み合わせであればみんな想像できるんですが、未知の要素が入ると、想像できる範囲が人によって大きく違ってしまう。そこに齟齬が生まれる。
例えば、タコやイカの細胞を使って液晶ディスプレイをつくりますと言っても、何言ってるかわからないじゃないですか。どんな形になるかも想像できないし、電子管を動かすために必要な技術もわからない。もちろん僕自身はそれをやるために何が必要かわかるので一つひとつ要素分解して伝えるのですが、情報量が多すぎて相手に伝わらないか、どこかで齟齬が発生して違うものができあがってしまう可能性が高い。
もちろん知識のある人には伝わるように技術を整理し始めていますが、他人が想像しているものを代わりに実現させるのはとても難しいことだということが、実感をもって理解できるようになりました。そうした背景から、僕自身が技術と経営の両方に関わる必要があると思って働きかけています。

——現在の達成度について教えてください。

川島:正直に言うと、自分の頭の中にある世界はまったく実現できていません。10%も行ってないくらいです。
トーマス・エジソンの「1%のひらめきと99%の努力」という言葉がありますよね。付け加えるとしたら「ひらめきも大切だが社会実装はそれの100倍しんどい」ということです。本当に。何かを思いつくという莫大なエネルギーと、それを具現化して実社会に落とし込むのは、まったく違う才能が必要だし、時間も100倍ぐらいかかる。なので、技術はあるもののインテグリカルチャーが思い描くかたちで社会実装をするための道のりはまだまだ長いです。

川島:細胞性食品の生成は、あくまで通過点です。僕が本当にやりたいのは「血液をつくる仕組み」を完成させることなんです。
今僕らがつくっているのは血清成分のようなものですが、僕がつくりたいのは皆さんのイメージする真っ赤な血液なんです。それができると、細胞農業に革命が起こせると考えています。
技術的な説明は省きますが、血液がつくれる装置があればステーキ肉を作ることもできます。今つくられている細胞性食品培養肉はペースト状のものが多いのですが、皆さんが「肉」から想像する肉そのものを再現できるという意味です。
たとえば、血液を生む装置があって、サイの角のもとになる細胞を円状に並べておく。3日ぐらいしたら、何もなかったところにサイの角の形のものが生まれてきて、それをそのまま部品として使える。そんなことが将来的な仮説として実現できるようになると想像しています。
さらに、将来的な仮説として再生医療も可能になります※1。血液を作る装置があれば、僕らの脳を装置のなかに格納できるかもしれない。実現できるかどうかは正直わかりません。でも、やりたい。細胞農業は僕にとって、仕事であると同時にライフワークであり、ある意味では趣味のようなものです。

——川島さんは、細胞農業の鍵として「水」に注目されていますね。

川島:水はあまりにも身近で、意識の外に置かれがちです。でも、細胞も発酵も、すべては水の中で起きています。
正直言うと、最初から水に注目していたわけではありません。ただ、原点を見つめ直すと、やっぱり細胞も水から始まっている。お客様に共感してもらうためには「未来の技術で肉を作ってます」という科学バリバリの伝え方よりも、水という原点から話した方がいいということが見えてきました。
僕ら研究者にとっても、水は1970年代、80年代の古いサイエンスで、終わったサイエンスなんです。でも、そこから見直して、お客様にどういう情報を知っていただくかを整理したんです。

——実際に水によって味は変わるのでしょうか。

川島:変わりますよ。培養条件を変えると、味や香りに個性が出てくる可能性も見えてきました。日本酒を造っているメーカーさんと話すと、水によってもやっぱりフレーバーは変わってくるという話を伺っています。
実際、身近な人から「富士の天然水で育った細胞性食品なら食べてみたい」と言われたことがありました。僕の妻は細胞性食品にやや不信感を持っているのですが「富士の天然水で育った細胞性食品はどう??」って聞いてみると「それは食べてみたい」というんです。
そうした一言に、文化として広がるヒントが詰まっている気がしています。水とか、自分の身近なものから作られているということ、そしてブランド的な価値。そういう力を借りることができれば、「細胞性食品=こわい、得体が知れない」じゃなくて「ちょっと食べてみてもいいよ」という気持ちになってもらえる。
具体的には、どこの水で育てたらどういう味になるかというマップを作りたいと思っています。日本酒が水によって個性を持つように、培養食品にも「土地性」や「風味の違い」が生まれる可能性があるんです。

——発酵など、日本の食文化との親和性についてはどう考えていますか。

川島:発酵も、細胞を育てる営みです。酵母とか麹もそうですし、僕らも動物の細胞を育てている。細胞とか菌類が求める環境とか状態、栄養の餌とか、みんなあんまり変わらないんです。
すべてを完全に理解しているから受け入れているわけではなく「わからないけれど、経験的に安心できる」という感覚が積み重なって文化になってきた。細胞農業も同じだと思っています。
既存の食文化と地続きであることを示しながら、少しずつ「わかる部分」を増やしていく。そのプロセス自体が、文化をつくるのだと思います。

インテグリカルチャーは2025年12月、津南醸造株式会社と共同開発をスタートさせ、酒蔵の資産「天然水」を活用し、細胞性食品・化粧品原料の試作を進める。細胞農業の「地域共生モデル」構築に向けた第一歩となった。

川島:テクノロジーは、存在するだけでは意味を持ちません。体験し、理解し、自分の言葉で語れるようになって初めて、文化になります。
以前、細胞培養のワークショップを開いた際、最初は「子どもには絶対食べさせたくない」と距離を置かれていた親御さんが、帰るときには「これなら食べてもいいかも」「こんな簡単にできるのね」と態度が変わる瞬間を何度も見てきました。
「知る」よりも「触れる」ことが、意識を変える。自分ごとになる。それが文化化の可能性だと思っています。文化になるということは、その人の世界が変わるということです。どんなすごい技術も、それだけでは人の役に立たない。ストーリーとか共感を呼ぶようなものがセットになって、テクノロジーは普及していくんです。
一番わかりやすい例は、Appleのスマートフォンです。iPhoneが出る前からスマホみたいなのはあったけど、1ミリも普及しなかった。でもAppleの世界観と、熱狂的なファンが使うことで新しい世界を周りの人が発見して、どんどん広がっていった。
今は僕らはそこまで至っていません。Macの初期のパソコンができて使ってもらうレベルに、まだそこに至るか至らないかというところ。そういうところから熱狂的なファンを作っていくのが、今の仕事なのかなという感じですね。

——最後に、川島さんご自身が描く未来を教えてください。

川島:シンガポールでは細胞性食品が市販され、誰でも食べられるようになりました。歴史の転換点に立っているというのは面白いことです。日本国内でも後2年ぐらいで食べられるようにしたいと思っています※2
正直、生きている間に自分が思い描く未来を実現させられないかもしれない、とうなされることもあります。でも、それは一つずつ実践していくしかない。脳の中でシミュレーションは終わっている。あとはそれをどう実現するかという話なので、インテグリカルチャーでその挑戦を続けていきたいと思っています。

* * *
未来を構想しながら、足元の培養技術を組み立てる川島は、研究と事業、技術と文化のあいだを行き来しながら、細胞農業の可能性を現実のものにしようとしています。
インテグリカルチャーが目指すのは、細胞農業が特別な技術ではなく、日常の選択肢として根付く世界。その静かな変化は、すでに始まっているのです。

※1:現時点で医療用途を目的としたものではありません
※2:本発言は研究開発上の目標を述べたものであり、実際の製品化や提供時期を保証するものではありません。